<『座右の日本』と『タムくんとイープン』>
木村 『座右の日本』を読んで、僕がすごくいいなと思ったのが、映画評論の部分とかよりも、コミュニティ論みたいなところでした。携帯電話の話がありますよね。日本人と携帯の感じ、タイ人と携帯の感じなどを比較して、コミュニティの考え方や受け取め方とかで、ああ、確かにそうだなあと思うところがたくさんありましたね。とっても面白いなと思いました。あと、マイノリティ論とかも。
吉岡 一歩引いたところで見ているところがありますよね。
木村 そうそう。
吉岡 その面白さを言おうとすると、やっぱりウィスットさんの『タムくんとイープン』の話をしたほうがよさそうですね。僕も、すごく好きなんですよ。例えば一番最初の「川」。これこそ日本に来て、ウィスットさんが最初に感じたことだと思うんですけど、プラープダーさんとは違う部分です。『座右の日本』の最初の章(「日本をあばく」)では、楽しみにしていた日本へ初めて来た時に、入国検査を通過して「気づくと落ち着かない手で、ばい菌など構わずにあちこちを触って歩いていた」と言っているんですよね。ウィスットさんの場合はプラープダーさんよりもっと妄想があったのかも知れないんですが、行ってみたら、とにかく人が川のように流れている。でも、どこに向かっているか分からない、みたいな。僕もタイに5年いて、久しぶりに帰ってきた時に、全く同じようなことを思いました。そんな、言葉や絵にはできないことを、ウィスットさんは両方いっぺんに言い当てていて、すごくしっくり来るところがあったんですよ。
タイの場合、例えばイベントでブースを構えて立っていると、フラっと来る人が結構いるじゃないですか。必ずしも暇なおじいちゃんやおばあちゃんだけじゃなく、学生もフラっと来たりとか、働いている人がフラっと来たりとか。道ばたにも、ただ用もなく立ってる人だっている。でも日本に戻ってくると、絶対何か目的意識がある雰囲気で歩いていたり走っていたり。それがまさに「川」に描いてあったので、なるほど、やっぱり、と思いましたね。
木村 そうですよね。
吉岡 プラープダーさんは、あまりそっちのほうは気にしないのか、全然触れていなかったので、ああ、ふたりは全然違うなって思いました。
木村 今、すごくあの話(「川」)の謎が解けました。意味がやっと分かってすっきりしました(笑)。ウィスットも客観的なタイプだと思うんですけれど、もうちょっと中に入っていっている感じですね。プラープダーさんは「満員電車も考えようによっては心地がよい」なんて捉えられるし、ウィスットよりも、もっと引いて見られるタイプなんでしょうね。
吉岡 きっと言葉にしちゃうからなんでしょうね。プラープダーさんもウィスットさんが羨ましい、と書いてましたが、ウィスットさんは感じたことを絵で表現できちゃうところがすごくて、より日本の人に分かりやすいんですよね。(「川」のワンシーンを見ながら)うん。でもこれ本当に分かりません? とにかく日本は人が流れてて。成田から帰ってきてでっかい荷物を持って帰りのラッシュの時間帯に重なっちゃうと、山手線でみんなドーンとぶつかってきて。チッとか言われたり(笑)。
木村 僕は日本に帰ってくると、もう成田空港から疲れますね(笑)、あの、パスポートチェックの人たちが、やたらつまんなそうな顔でやるんですよね。タイ人も別に楽しそうにはやってないですけど、あんなバッドなオーラは出ていない。3、4カ月行って戻ってくると、へこみますよね。
吉岡 モードの切り替え方なのかなと、今、話していて思ったんですが。実は最近、2カ月おきくらいにタイへ行くようにしていたら、逆に東京もいいなと思うようになり始めたんですよ。それはプラープダーさんの境地なのかも知れません。彼はいろんなところに行ったり来たりしているから、その辺はもう気にしなくなっているのでは、と思うんです。以前、立田敦子さんとの対談でも言いましたが、僕が今、住んでいる家は駅から遠い不便な場所なのに、プラープダーさんが泊まってとても気に入って、歩いている間にいろいろ考えられるし面白いじゃん、と言っていたんです。確かに、タイではタクシーが安くてすぐ乗れるからいいやと思っていても、実は急に渋滞に巻き込まれたり、違うところにイライラしていたり、道がボコボコだからちょっと歩くと足が痛いとか、嫌なこともいろいろあるはずなんですよ。それがタイモードに入っていると気にならなくなっているんですね。そしてタイモードのまま帰ってくると日本の嫌なところが見えちゃう。逆に日本モードに入ってしまえば、成田からの帰路で身体がチューンナップされていくというか。それが昔は嫌だったんです。「日本を降りる若者たち」じゃないんですが、もう降りよう、と思っていたんですけども。でも、日本は日本でみんなが暮らしているんだし、やっぱりちゃんと考えられているシステムなんだなって思うようになりました。
木村 慣れてるからではないのかも知れませんよ。プラープダーさんの仕事ってどこでもできるって日記でも書いていますけど、たぶん自分だけいて、あとはノートとかペンとかあればできるんですよね。だからそのストレンジャー感をずーっと続けているから、そう感じるんじゃないかなあ。
吉岡 なるほどね。住んでいるところがどこだろうと関係ないんですね。以前、ある本で坂本龍一さんが書かれた原稿を読んで共感したんですけれど、それは、距離や時間の考え方がかなり変わってきたという話でした。坂本龍一さんならニューヨークの隣が東京で。例えば僕だったら住んでいる区が練馬区で、練馬区の隣は物理的には板橋とか杉並とかなんですけれど、ほとんど行かなくて近い感じがしないし…。北区なんて、さらに未知の世界…。
木村 タイより遠いんですよね。
吉岡 そう。だから2〜3カ月に1回バンコクに行ってると、タイの友だちのほうが、日本のちょっとした知り合いよりはたくさん会っているんです。生活感、距離感というか、心理的な近さは、タイのプラープダーさんや会社の知り合いとかのほうが、近くに住んでいる高校の同級生よりも近い。その感覚が新しいですよね。ちょっと前だとあり得なかったことです。
木村 例えば、東京区とバンコク区があって、その間を移動するのはただ飛行機に乗って6時間座って降りたら、隣に面しているような。でもその間の台湾とか香港とかは行かないので、僕にとってはなくなっちゃっているんですよ。僕もウィスットとよく会っているので、シーロムとかで遊んでいて、俺どこにいるのかよく分かんないなあ、みたいな気持ちにはだんだんなってきます。
吉岡 例えば『座右の日本』を読んだ方が、あ、タイって近いし面白そうと思っていただけると嬉しいですね。タイに駐在している方でも、タイに興味はあるのに、現代文化のところに興味を持つ人がそんなにいないんですよね。それはクオリティの問題なのか、何か偏見があるのかは分かりませんが。何らかのバリアや距離感を感じているとすると、不思議ですね。それをこういう形で紹介できるようになって、どういう反応があるのか楽しみです。
(以下、1月20日更新分に続く)
※ 写真は上から「タムくんとイープン」表紙、同収録漫画より「川」(部分)
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Posted by sublimeco at 22:14
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特集「座右の日本」