
『座右の日本』制作の背景をご紹介する対談特集。ご好評を受けて第2弾も企画いたしました。『座右の日本』翻訳者の吉岡憲彦さんと今回お話しいただいたのは、タイ日で活躍する人気漫画家ウィスット・ポンニミットさんの日本でのマネージャー、木村和博さんです。ご存知の方も多いと思いますが、ウィスットさんはプラープダー・ユンの親友で、タイで出す本はもっぱらプラープダー主宰のタイフーン・ブックスから刊行しているほど。日本への留学経験をもとにした漫画本『タムくんとイープン』(新潮社)を一昨年、刊行して好評を集めました。吉岡さんと木村さんは、タイで暮らした時期も重なっており、プラープダーとも旧知の関係ということで、『座右の日本』が持つ意味を紹介し、彼個人へのエールも込めて、ざっくばらんにお話いただきました。4回連載。
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<タイのカルチャーシーンへの親近感>
吉岡憲彦(以下、吉岡) 木村さんについて、まず読者にご紹介すべきかも知れませんね。
木村和博(以下、木村) SOI MUSICという名前でタイの音楽のイベントをやるというのがあるんですが、最近あんまりやってなくてですね。2007年に大きかったのは、タイのアートの展覧会ですね。『Show Me Thai』展(東京都現代美術館)のコーディネーションをやったり、タイのFAT FESTIVALというイベントで、日本人アーティストの展示のコーディネーションをしたり、アート系のコーディネーションの仕事が最近多いです。あとはウィスット・ポンニミットのマネージメントをやっています。ただ、基本は音楽のイベントをやりたいというところがあって、12月に日本のデジタルアートフェスティバルというイベントで、小さいライヴのイベントをやりました。あとはCDの企画もやっていて、2007年はタイのsmall roomというレーベルから、フリッパーズ・ギターのトリビュートアルバムを出しました。本当は日本で発売する予定だったんですが、いろいろあってタイ版が先に出ていて、日本版は今年に出るかなあと。
吉岡 木村さんと最初会ったのがいつだったか、ちょっと憶えていないんです。
木村 SOI MUSICじゃないですかね。バンコクのSOI MUSICは、初めに吉岡さんに相談を持ちかけたんですが、途中で吉岡さんが帰国されちゃったんですよね。でも助成プログラムに助成していただいて、最初のイベントを2004年の9.11にやってから、日本では10月末に3日間連続のイベントを青山スパイラルで。あの時にとてもお世話になって。
吉岡 あの頃から、プラープダーさんとかウィスットさんとかが、少しずつ出てきている感じがありましたね。実は僕、ウィスットさんとは一番最初、2002年の国際交流基金のプログラムで会ってるんですよ。日本に一度来てもらったことがあるんです。その時がたぶん最初で、まだ彼は、木村さんとも知り合っていなかったんじゃないかな。
木村 いや、知り合いだったんですよ。僕は2001年にバンコクに住んでいた時に知り合いになって。基金がウィスットを呼んだ時に遊びに行って、そのままウィスットと下北沢に遊びに行っていたんです。
吉岡 あ、もうその頃から?
木村 そうです。その後、バンコクに行くたびに会うようになって、ウィスットが神戸へ語学留学に来る時に、アパートの保証人になってあげたりしたんです。
吉岡 その頃、木村さんは大手企業の社員だったんですよね。木村さんのタイとの関わりは? どうして東京外語大のタイ語学科を選んだんですか?
木村 本当に何も考えていない高校生だったなとしか言えないんですけどね。ヨーロッパのことは勉強したくなくて、アジアにしようと思っていて、あとは適当に選びました。でも選んでみたら、わりとはまって、ちょうどその頃ウィスットが漫画の雑誌でデビューしたりで。雑誌『a day』が始まったのもそのぐらいで、ベーカリーの音楽があったり、small roomがCD出したりと、いろいろ出てきたんですよね。もともと僕、そういう趣味があって、なんかタイにも面白いものがあるな、と思って探していました。でも同じ視点の日本人が全然回りにいなかったんです。タイ語の先輩なども、ちょっとポイントが違うんですよね。
吉岡 どう違うの?
木村 たとえば、タイの音楽を聴くんだけども、それはもともと音楽ファンというわけではなくて、タイが好きだからタイの音楽を聴くみたいなところがあって。その他のいろんな面白い音楽と一緒に並べて聴くみたいな人が、あんまりいないんですよね。映画に関しても、タイの映画を他のいいものと並列で観るんじゃなく、タイが好きでタイの映画に詳しいという人が多いんです。日本人はよくタイに行くのに、どうも僕が思ったポイントがみんなないな、と思っていました。だったら自分で面白がっていったらいいんじゃないかな、と学生の時から思っていたんです。
吉岡 その頃だと、SOI MUSICを立ち上げられた遠藤治郎さんや、植田桃子さんなどが集まって住んでいるアパートがありましたね。
木村 いや、その辺のカルチャーシーンって、大人のシーンなんですよ。モダンドッグとかFUTONのビーとかっていうのはすごく大人の世代。でもウィスットとかデス・オブ・セールスマンって、もっとガキンチョなんですよね。僕が知り合ったのがそういう、もっと下のゾーンだったんです。
吉岡 ひと世代ぐらいずれてる。
木村 そうなんです。僕はそのゾーンしか知らなくて、モダンドッグとかはあまり知らなかったんです。それで、後から遠藤さんと出会って、遠藤さんはこっちを知ってると。で僕はそっちのほうを知ってるという感じで、会うようになりました。
<画期的だった『地球で最後のふたり』>
吉岡 プラープダーさんと知り合ったのは、いつ頃?
木村 『more or less』を編集される前には知っていたんだと思うんですよね。BUAHIMAのCDを出す前から知ってはいたんですけども、作品を読んではいなかったんです。プラープダーさんの本って版を重ねるたびに装丁が変わるし、あ、いいなと思って買い集めたりはしていましたが。将来的に読むかなと(笑)。でも難しいんですよ、やっぱり。授業では少し読みましたね。
吉岡 授業で読んでも面白くない? 映画との関連で教えられたりするんじゃないんですか?
木村 僕は、面白いものは自分で探せばいい、なんて思うタイプでしたね。タイ映画は古いというイメージがあったんです。その頃、授業で見せられる映画って、昔の田舎の先生の映画とか、そういうものばっかりで。僕はもうひとつ分からなかったんですよね。ただ、あの頃から『地球で最後のふたり』とか『怪盗ブラックタイガー』とか『わすれな歌』とか、すごく違う表現で、ハリウッドっぽい映画じゃない映画が出てきた。繊細なのにタイ的なエンターテインメントっぽい要素もあって、すごくいいなと思ったのが『わすれな歌』。それでペンエーグ(・ラッタナルアーン)監督に興味を持って、『地球で最後のふたり』が出た時に、もう本当に「わかるぅー」って感じで。機微みたいなものが深く表現されていていいなと思いましたね。ちょうどあの頃、同時に『ロスト・イン・トランスレーション』が流行っていたんですよね。でも観たら、なんでこういう切り口なんだろうなと。
吉岡 あれはあれで、ひとつのやりかたなのかなと思ったんですけどね。僕も『地球で最後のふたり』と『ロスト・イン・トランスレーション』が同時期だったのが印象に残っています。両方とも日本に関わっていて、どっちの映画にもエレベーターの中のシーンがあったんです。『ロスト・イン・トランスレーション』では、ビル・マーレイが主人公の女性とエレベーターで一緒になった時、ちっちゃい日本人がいっぱいいて、2人だけ頭ひとつ飛び抜けていて、お互い意識し始めるところがあって、そこはもう、ジーッと見てるんです。その主人公の女の人を、ずーっと。それもまあそういうやりかたなんだろうなと思いつつ、かたや『地球で最後のふたり』では、浅野さんとノイがエレベーターで一緒になった時、浅野さんは目がキョロキョロして挙動不審になってしまう。その2つのシーンが典型的に全く違うなと思いました。もしあのシーンをソフィア・コッポラ監督が演出したとすれば、全然違う形になったんだろうなとか思うと、僕はペンエーグさんのほうに親近感がある。分かる。それをすごく感じた憶えがありますね。
木村 日本人の置き方が違うんでしょうか。『地球で最後のふたり』は日本人も一緒に、仮に間違えていても描いていこうとしているけれど、『ロスト・イン・トランスレーション』では一緒にエレベーターに乗っている日本人たちって関係ない…。
吉岡 背景になっちゃう。
木村 そう、背景ですもんね。
吉岡 たしかペンエーグ監督も、『地球で最後のふたり』を撮りたいと思った動機のひとつは、バンコクにいっぱい日本人がいるのに、よく知らないから、というふうにおっしゃっていましたね。自分たちだけで固まって、タニヤとかパッポンとかに行っちゃって、全然タイ人と接点がない。暑いのにみんなスーツを着ている、とか。それが全然分からないから撮りたい、と。それがあそこまで映画にできるっていうのはすごいなあと思いました。『ロスト・イン・トランスレーション』では風景として切り取っているような感じがあるのに対して、ペンエーグ監督のほうが、知りたいところに入り込んだ感じがありますね。
木村 プラープダーさんの脚本の力もあるでしょうね。日本人とタイ人とが仕事できちゃうというのも面白いと思いましたけどね。
(以下、1月18日更新分に続く)
※ 写真は上から、『座右の日本』、2004年に青山CAYで開かれたSOI MUSICのライブイベントの模様(提供:SOI MUSIC)、『地球で最後のふたり』タイ語版のパンフレット
■木村和博(株式会社マーマー代表)
1978年生まれ。東京外国語大学、タイ・チュラロンコーン大学で学んだ後、大手衣料メーカー勤務を経て、遠藤治郎氏のSOI MUSICに参加。タイと日本を結ぶ音楽イベントの他、横浜トリエンナーレや東京都現代美術館『Show Me Thai』展などでタイのアーティストをユニークな形で紹介している。タイの漫画家ウィスット・ポンニミットのマネージャーとしても活躍。
http://www.soimusic.com/
■吉岡憲彦(国際交流基金職員)
1974年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、国際交流基金に入社。1999年から2004年まで同基金バンコク日本文化センター勤務、現地での日本映画祭、展覧会、舞台公演などを担当。帰国して現在は、国際交流基金芸術交流部造形美術課職員。共著に『アジア映画』(作品社)、翻訳書としてプラープダー・ユンの『地球で最後のふたり』(ソニー・マガジンズ)などがある。
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Posted by sublimeco at 17:59
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特集「座右の日本」